続・ブナ一本プロジェクト


 年が明けると、あっという間に2月になり、口を開けている間に2月が終わります。
年度末の慌ただしさは毎年のことです。幸い今季は雪が少なくてありがたいのですが、底冷えのする日が続き、行動が鈍くなってしまいました。

 “ブナ一本から創る木工品プロジェクト” 略称「ブナ一本プロジェクト」の結果が気になりはじめた頃、木工屋グループ「鳥取木材工芸振興会」の事務局からメールが入りました。添付されたファイルには、木工職人さんたちがつくった木工品の一覧、数、それぞれの販売価格、そしてその合計額が記載してありました。

 このプロジェクトを、もう一度整理します。
 ・ブナの木1本をまるごと使って木工品をつくります。
 ・新しい商品を模索するのではなく、参加者の得意な持ちネタで木工品をつくります。
 ・加工の際に出てくるごみはなるべく少なくして、たくさんの木工品をつくることを目標とします。
 ・最後に、製作した木工品にそれぞれの通常の販売価格を乗じて、総販売額を試算します。

 やぶちゃんとその仲間にはたいへん失礼なのですが、調査研究とか新製品開発プロジェクトではありませんので、どうみても親睦会の楽しい遊びのように思います。何故か私も、この遊びの結果をワクワクしながら待っていました。
 メールをいただいた日、さっそくカメラを抱えてなしの木工房におじゃまし、プロジェクトの結果をお聞きしましたので、ご報告します。

 まずは、材料の分配方法です。
 ブナは、樹令約70年。根元直径40cm、樹高約12mの立派なブナでした。多くのプロジェクト参加者に材料を分配したいということもあり、長さ1m、幅20cm、厚さ3cmの板を96枚つくりました。後はたっぷりの枝と、板を切り出した後の端材が少々です。参加者一人あたりの分配量は「つくりたい人がほしいだけ」で、もちろん仲良く分配することができました。

 次に、乾燥です。各自がそれぞれ乾燥作業を行います。
 「りん木」という丸太などを仮置きする場合に下に敷く木材の上に材料を重ね置きし、室内又は日陰で陰干しをします。太陽の日に当てたら、ぐにゃっときてパリンです。やぶちゃんも、なしの木工房の作業場の片隅で陰干しをしました。
 伐採は昨年7月でしたので、冬の作業に間に合わせるためにも3cmの厚さの板を基本としましたが、しっかりと乾燥させなければ良い仕事はできません。慎重に場所を選んで積み上げたその後は、投げっぱなしです。時々作業場の片隅に積まれているブナの木の山を見て、「ああそうだった」と思い出す程度でしょうか。

 そして冬に入り、いよいよ作業開始です。
 やぶちゃんの場合、冬は木工品づくりの最盛期です。イベントなどがほとんどないこの時期にまとめて作品をつくっておかなければ、その年の収入は見込めません。たぶん、ほかの木工屋さんもそうでしょう。
 このプロジェクトでは、新作品をつくるというテーマはありません。「いつもつくっている作品をブナの木でつくりましょう」というだけのものですから、いつもの材料の中に、数本のブナ材を混ぜるだけでOKです。

 やぶちゃんがつくった木工品について紹介します。

 ブナやクヌギ、ケヤキなど質の堅い木を「堅木(かたぎ)」といいます。逆にスギやヒノキのような柔らかい木を「軟木(なんぎ)」といいます。広葉樹のことを堅木、針葉樹を軟木と呼ぶこともあるそうですが、堅気(かたぎ)のやぶちゃんにとって、専門的な説明は難儀(なんぎ)な話なので、ここでは軽く説明します。

 ブナのような堅木は、木工屋にとっては、作業がしやすい材料だとのことでした。形もしっかりととることができ、簡単に割れてしまうこともなく、磨きも速く仕上がるそうです。いくつか作品を見せていただきました。

 下写真左の「車のペンたて」は、いつもはスギでつくります。ブナでつくったペンたてはどっしりとした重みがあり、艶もあって高級品のように見えます。右の「こいのぼり」は、廃棄物ゼロの木工玩具を目指してデザインしたものですが、やはり重量感を感じる作品になりました。

  
  車のペンたて           玩具「こいのぼり」

 ブナ一本プロジェクトは、なるべくたくさんの木工品をつくることを目標にしています。そもそもやぶちゃんは梨の木を使った木工がスタートでしたので、少ない材料を有効に使い、曲がった形の枝を上手く作品に組み込むといった作業は、得意中の得意です。
 結果、梨の木をブナの木に替えた作品の集大成のようなものができました。
 ペーパーナイフ、靴べら、定規、へら、爪楊枝入れ、ペンたてなど、どれもブナの端材を活かした作品です。孫の手のように、板を有効に使い、ゴミを少なくするための切り出し方法も工夫されていました。

  

 ごみを削減するために追求した作品に、木ばさみ、箸置きがありました。木ばさみは、食品をつまみ上げる道具にも、汚れたものをつかむ道具にも使えます。
 昔、やぶちゃんのおばあさんが野菜の苗を植え替えする際に、この木ばさみを使っていたとのことです。普通は細かいものをつかむため先が細くなっていますが、苗の根についている土を落とすことなくつかむには、この木ばさみの幅が重宝になるとのことでした。
 これは、定規やペーパーナイフの材料をとった後の端切れでつくりました。


木ばさみと箸置き

 また箸置きは、車のペンたての車輪の部分を切り取った後の端切れをそのまま磨いたものです。何も聞かされずにそのまま見ていたら、ただの木くずです。この作品をけなしているわけではありません。
 例えば、多くの料理店などで箸置きはよく使われていますが、その形などはほとんど記憶にありません。普段身近にあっても気にならない、気がつかない道具の一つです。ですが、もし料理店にこの箸置きが置かれていたら、そしてそれがブナ材でつくったものですよと教えてくれたら、間違いなく覚えているに違いありません。

 ケニア出身のノーベル賞受賞者 故ワンガリ・マータイ氏は、日本語の「もったいない」と言う言葉が3R(Reduce、Reuse、Recycle)を一言で表す言葉であり、さらに命の大切さや、かけがえのない地球資源に対するRespect(尊敬の念)という意味も込められていることに感銘をうけ、世界中でMOTTAINAIキャンペーンを繰り広げました
(注1)

 確かに、世の中には便利な道具が氾濫し、身近でたくさんの地球資源を使い捨てているわけですから、その大切さをしっかりと意識をしながら生活をしなければなりません。
 一番良いのは、意識をしなくても「もったいない精神」の生活ができることです。日常生活の中で当たり前のようにもったいないに触れることができ、容易にもったいないを選択することができれば、きっと今の我々が抱えるたくさんの課題を解決することができるに違いありません。 ブナの木ばさみや箸置きには、そんなヒントが隠れているように思いました。

(注1)参考資料 ホームページ「MOTTAINAI」 より

 当初、ブナの木の約9割を使おうと決めていました。残念ながら、ここまで努力をしても全体の使用率は8割くらいが限界だったようです。特に木工ろくろを使う場合、個々の材料の使用率は8割を下回ってしまうとのことでした。
 このままでは、悔しさも残ります。
 ということで残った廃材は、すべて薪ストーブの燃料とし、「このプロジェクトでのブナ材の使用率は100%であった」ということで、皆様のご理解をいただくことにしましょう。

 次に紹介する作品は、やぶちゃん十八番の肩たたき、ツボおし、コースターです。
 普段は、梨の木でつくります。梨はバラ科の落葉高木で、堅木です。ブナの木でつくった作品は、梨の木でつくった作品とあまり変わりがなく、素人の私には区別ができませんでした。

  

 そんなブナの木の作品づくりの中で、一つ興味のある話を聞きました。
 なしの木工房は、鳥取県の名産品である梨の廃木を利用した木工品づくりから始まりました。近年梨づくりを辞める農家が増え、やぶちゃんは梨園の古木を切り倒すお手伝いもしています。どの農家のおじいさんやおばあさんも、切り倒していく梨の古木をさみしそうに見ているそうです。やぶちゃんは、そんな農家の人へ、切り倒した梨の木でつくった木工品のいくつかをプレゼントしています。
 梨の木で作品をつくる時、いつも材料の梨の木の持ち主の顔が想い浮かぶそうです。そして、「なんとか彼らの梨の木への想いを木工品に込めたい」と考えながらつくるのです。作品を受け取った農家の人は、たいへん喜んでくれるそうです。

 今回は、いつもほどに気合いを入れる必要はありません。梨の木でつくる作品と同じものをブナ材でつくるだけですので、梨の木の農家の方の顔は思い浮かびません。ふんふんと鼻歌まじりに肩たたきやコースターをつくっていました。
 そして、「あれ?」っと思ったそうです。あの切り倒したブナの木の姿が、頭に浮かんできたのです。鳥取大学農学部附属演習林の風景、切り倒す木を選定した時のこと、伐採作業の時のこと、1本の木を分断した後、駐車場に並べてその姿を再現した時のことなどです。

 製材されたスギやヒノキを使って作業をする時、スギやヒノキの姿を思い浮かべることはありません。もちろん木が生えている山を思い浮かべることもありません。
 ブナの木が、やぶちゃんの心理にどのような影響を及ぼしたのか、まったくわかりません。ただ、「おもしろいもんだなあ。自分で木を切ったからかなぁ」と繰り返しつぶやくだけでした。

  

 鳥取木材工芸振興会の顧問としてお世話になっており、河合谷高原の森林復元を考える会の会長 作野友康氏は、活動報告冊子「いのちを育むブナ林」の冒頭に、次のように書いておられます。

 「日本人の森との付きあい方は、とても大きな歴史的変遷があった。かつて森と樹木がなければ生活ができなかったといっても過言ではなかったから、とても親しい付きあいをして、森を労って大切に保全してきた。それは、毎日の炊事や風呂も暖を採るのも、そして住まいの建築材料や生活用具もすべて、森の産物である木材に依存してきたからである。」
(注2)

(注2) 「いのちを育むブナ林」 発行・河合谷高原の森林復元を考える会 より


 私たちの生活が森と疎遠になったため、木の道具を見ても、森を思い浮かべることはなくなったのでしょう。もちろん森林の大切さは、幾度となく勉強します。しかし普通、森は私たちの生活とはまったく違うところにあると考えてしまいます。やぶちゃんのような木工屋でさえ、スギやヒノキを使っても森を思い浮かべることはありませんでした。

 しかし梨の木の場合は、切り倒していく梨の木をみつめる農家の人の姿を思い浮かべました。今回のブナの木は、やぶちゃんが直接切り倒した時のことを思い浮かべました。
 これは、作野先生の著にある「とても親しい付きあい」が成立したからではないかと思うのです。「とても親しい」というのは、特に意識をしなくても良い「親しさ」です。その結果、「労い」があり「大切な保全」に繋がるわけです。
 なかなか森とお付き合いができない今、もしこの「親しさ」を多くの人に伝えることができれば・・・そんな想いがやぶちゃんの頭を過ぎったのではないでしょうか。

 鳥取木材工芸振興会の活動の柱に、「山林の保全活動」というのがあります。これは、森林の植林活動や間伐材利用促進のお手伝い、竹林の伐採のお手伝いなどを想定しています。 これまでの経験から、山仕事というのは素人がそう簡単にお手伝いができるほど簡単ではないことを知っています。道具もお金も必要です。森林の大切さを理解したり、自分たちでできるお手伝いはしますが、それが直ぐに「親しみ」に繋がるとは考えていませんでした。

 もしかすると、このブナ一本プロジェクトは、木工屋がこれまで忘れていた森への想いを再確認し、新たな森への「親しみ」を模索し、多くの人に「親しみ」を伝えるプロジェクトであったのかもしれません。

 遊びで始めたプロジェクトを美化し過ぎるのは、あまりよろしくありません。
 では、本論のブナ一本プロジェクトの結果です。
 ・参加予定者は、当初の計画11名に対して9名。
 ・当初計画していた木工品の種類は約20種類でしたが、集まった木工品は日用品、文房具、装飾品、玩具など合計43種類
(注3)
 ・総作品数1,250個となりました。

(注3) 正確には、樹幹部の作品18種類、樹梢部と枝部から15種類です(ブナ林シンポジウム2013 一般講演3 資料より)。「43種類」は、製作工房別に種類を数えた為に重複したものです。

 当初、製作した木工品の総販売額の試算を考えていましたが、これはあまり意味がないことがわかりましたので、申し訳ありませんが公表を控えさせて下さい。

 例えば、国宝級の技を持つ木工職人がつくれば何百万円にもなるでしょうし、同じようなモノを私がつくれば、薪ストーブの燃料をサンドペーパーで磨いただけです。
 木工屋がつくる作品には必ず値段を付けます。つくった作品の数もわかっていますので、掛け算・足し算で結論は簡単に出てきます。しかし木工屋の作品は、売れた時にはじめて価値というものが生まれるのです。価格というのは、その価値の客観的判断材料に過ぎません。自分の実力を評価する基準と考えることもできそうですが、もしそうだとしても、それを人様に見せびらかすものではありません。決して金額が高すぎたり、安すぎたりして公表するのが嫌になったという訳ではありませんので、どうかお許しください。

 このプロジェクトには、「みんなで何か一緒につくってみましょう」「一緒に作業をしていく中で、もしかしたら何かが生まれるかもしれません」というささやかな期待を込めていました。
 正直、仕上がった木工品の種類、作品数の多さにはびっくりでした。
 そして、鳥取木材工芸振興会の今後の活動に、何か大きな目標が見えてきたことも間違いなさそうです。
 本当の「ブナ一本プロジェクト」は、今ようやく始まったばかりのように思います。

(追記)
 2013年3月10日、とりぎん文化会館において、河合谷高原の森林復元を考える会(会長 鳥取大学名誉教授 作野友康氏)主催の「ブナ林シンポジウム2013」が開催されました。
 作野先生は、このシンポジウムで「ブナ1本から創る木工品」と題して、このプロジェクトを紹介されました。またやぶちゃんたち振興会は、このプロジェクトで製作した木工品の展示を行いました。
 木工品は、どれもたいへん好評であったことをご報告します。




おやじのつぶやき 2013.3

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