ブナ一本プロジェクト

 
    

 木工屋やぶちゃんが会長を務める鳥取木材工芸振興会が、“ブナ一本から創る木工品プロジェクト” 略称「ブナ一本プロジェクト」を始めました。

 その名のとおりブナの木1本をまるごと使って、いったい何個の木工品をつくることができるのだろうか、という実験です。創る木工品の種類は、約20種類。新しい作品を開発するのではなく、プロジェクト参加者の得意な持ちネタを使います。
やぶちゃんの場合は、靴べら、コマ、コースターなどを模索中。参加者は現在のところ11名で、ボールペン、時計、ストラップなどを計画しています。

 葉っぱの利用は無理として、樹木の約9割は使いたいと考えています。加工の際に出てくるゴミもなるべく少なくし、たくさんの木工品をつくることが目標です。
 最後に、製作した木工品に通常の販売価格を乗じて総販売額を試算します。

 

鳥取大学農学部附属演習林(フィールドサイエンスセンター森林部門)「三朝の森」

 今、ブナ材の流通量はたいへん少なく、なかなか手に入れることが出来ません。
 ブナ材は、通常、建築材には向かないとされています。1本の木の中で建築材として使える部分の歩留まりは悪く、腐りやすいうえに乾燥をきちんとしないと反ったりねじれなどの狂いが出てきます。利用価値の少ない「分の無い木」あるいは「歩合のよくない木」という意味から「橅(ブナ)」の字があてはめられたといわれています
(注1)
 このため、戦後ブナ林はどんどん伐採され、スギやヒノキの植林地に変わりました。日本中のブナ林が減少してしまったため、現在では逆に保護をしたり、植林される対象となっています。

 日本のブナ林には、日本海型ブナ林と太平洋型のブナ林があり、両者の間には遺伝的な違いがあるとのことです。鳥取県の大山山麓は、日本海型ブナ林では最も西側に位置し、九州、四国、中国地方西部に分布する太平洋型ブナ林との境界地点にあたります
(注1)
 この貴重となった樹木に、はたまた鳥取県で太古から守り続けられた遺伝子を持つ地場産ブナに、振興会はいったいどれだけの価値を見つけることができるのでしょうか。

(注1) 参考資料 「いのちを育むブナ林」(発行・河合谷高原の森林復元を考える会) より

 スギやヒノキは、当然のことながら市場価格が設定されます。
 ブナ材は曲げやたわみに強いことから、この性質を利用して芸術的なイスや机などをつくる木工職人さんもいらっしゃるようですが、建築材としての市場価格はほぼゼロ
(注2)。一方、自然保護、環境保全という点では、「貴重品」という未知の価格があるわけです。

(注2) 近年木材加工技術が発達し、建築材としての価値を負荷することができるようになったというお話もありますので、「ゼロ」というのはいささか言い過ぎかもしれません。

 この未知の価格を算出しようとすると、水源涵養の価値、国土保全の価値、動物の生息域としての価値、更には観光資源としての価値などを計算しなければなりません。さすがにこれは、振興会では無理です。
 そこで振興会流にブナの木工品の魅力を再発見し、ついでに振興会式経済的価値を算出してみようというのがこのプロジェクトなのです。


   

 ブナの木は、鳥取大学農学部附属演習林(フィールドサイエンスセンター森林部門)「三朝の森」の天然林から伐採しました。演習林は標高700~1,100 mに位置し、倉吉市内を流れる天神川の源流部に位置します。天然林は過去に薪や炭の生産のために伐採された森林で、ブナ、ミズナラ、ミズメ、コシアブラ、リョウブなどの落葉広葉樹類が混生しています
(注3)

(注3) 参考資料 鳥取大学・教育研究林ホームページ より

 鳥取大学名誉教授で振興会顧問の作野先生のご指導とご協力をいただき、手に入れることができました。樹令約70年。根元直径40cm。樹高約12mの立派なブナです。

 
  

 このプロジェクトを始めた経緯を少しご紹介します。
 鳥取木材工芸振興会には、3つの活動の柱があります。
 一つ目は、「木竹工芸の普及」です。間伐材や竹を使った木竹工芸品の製作・販売や木竹工芸技術の伝承を行うというもので、振興会の基本となる活動です。
 二つ目は、「木竹工作教室」。子どもたちに木竹工芸品のすばらしさや木竹工芸品製作の楽しさおもしろさを伝えることにより、子どもたちの創造性を養い、自然と親しみ、感情豊かな子どもたちの育成に寄与しようというもので、製作体験の場などを提供しています。
 そして三つ目が、「山林の保全活動」。地球温暖化対策や県土保全対策を目的として、間伐材の山林からの搬出促進、竹林被害の阻止への貢献などの山林保全活動を行うというものです。

 まあ、それなりに思いついたことを並べたこともあり、どれもなかなか思うように進みません。うまくいかない理由は、たくさんあります。ただ、どの理由も些細なことといいますか、やむを得ないといいますか、深刻に考えてもどうなるものではない話ばかりです。
 些細な話の例をご紹介します。鳥取木材工芸振興会は、鳥取県東部の木工職人さんが中心に集まった木工技術屋集団で、前身となる八頭郡木材工芸振興会が設立されたのは昭和60年。平成21年に現在の会としてリニューアルしたわけですので、そこそこの歴史を持っている団体です。そこそこの歴史があるということはよいことではありますが、あまりよろしくないこともあります。
 例えば、やぶちゃんがつくる梨の木のコースターは、やぶちゃんが考案したものですので、他のメンバーはつくりません。メンバーがつくる作品には、他のメンバーは手を出さないという暗黙の了解がありました。

 しかしこれは、ルールではありません。つくろうと思えばつくって良いわけですが、皆一生懸命自分のオリジナルを追求していますので、その真似はできないという遠慮の固まりのような話です。心のどこかに「自分の真似はしてほしくない」という気持ちがあるのも確かなようです。特に声に出すこともなく、たんたんと受け継いできた習慣なのでしょう。

 新参者会長やぶちゃんには、これが疑問でした。
 振興会の内輪でけん制し合っても、良いモノはいずれ誰かに盗まれてしまうのがこの世界です。それどころか、自分が持つわずかなオリジナル作品だけに目が向いてしまって、そこから先の新しい技術の開発とか全く作風の異なるオリジナル作品に挑戦するといったようなことはなかなかできません。ましてや新規参加者は、自分だけの作品、テリトリー作品が出来上がるまでは何もできないということになります。

 やぶちゃんは、振興会の中でいろいろな人が同じ作品をつくって当然だと思っています。一つの作品を皆であれこれつくってみる中で、新たな発見や独自のオリジナリティをみつけることができる可能性が高くなると考えています。それをまた誰かが真似をし、参考にし、これを繰り返すことによってどんどん自分のオリジナリティを高めていくことができるという考えです。

 振興会に参加する木工職人さんは、木竹工芸品で得る収入を生活の一部に充てていますので、真似をしたくない、真似をされたくないというのは良く理解できます。しかし、所詮身内だけの狭い世界の話です。そのことで作品が売れる、売れないに影響する話ではありません。ましてやそれぞれの工房の名前が浮いたり、沈んだりということもありません。なにしろ、この世には、木工職人、木工屋、木工作家は、ごまんといるわけですから。

 売れるか、売れないかの要素には、確かにおもしろさ、めずらしさはあります。
 しかし、最終的には技術が勝負です。しっかりとした技術があってこそのおもしろさ、めずらしさです。技術の習得は、真似からです。技術の習得に最終到着点はありません。どんなベテランの職人さんでも、常に技術を磨いているものです。

 だから、皆がどんどん真似をしていい、いや真似をすべきです。
少し腰が引けそうな真似を堂々とやってしまうことができる振興会であれば、きっと三つの活動も、もっともっと広がることだろうと考えるのでした。

 
  

 「みんなで何か一緒につくってみましょう。」
 「一緒に作業をしていく中で、もしかしたら何かが生まれるかもしれません。」

 ブナ一本プロジェクトの始まりです。
 ブナ一本プロジェクトは、振興会の親睦プロジェクトなのです。
 このプロジェクトが鳥取木材工芸振興会の活動を活性化するとか、前述の些細な話のような木工職人さんの意識改革を行う・・といえばかっこいいですが、そんなたいそうな話ではありません。
 できればこのプロジェクトの結果が、かっこよく納まればありがたいのですが、そこはいろいろと大人の事情もあり、この先、どのように展開するのかまったく予測できません。
 まあ、お気楽気分でやってみましょう・・・とのことです。

 今後の予定です。
 15mmの厚さの板だと乾燥に3カ月かかります。もちろん自然乾燥です。厚さ5cmの板となると、半年は自然乾燥が必要です。とりあえず木工品の製作期限を、平成25年2月末までとしました。3月には、展示会も開きたいとのことです。
 このプロジェクトの背景に隠れているささやかな目標は、いつ達成できるのかわかりませんが、なあに、焦ることはありません。
 所詮、おやじどもの遊びなのですから。

 ブナ一本プロジェクトの結果は、また、皆さんにご報告することとしましょう。


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おやじのつぶやき 2012.7

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