木工ろくろ(ゆびごま・お守り・メガネ置き)

  やぶちゃんが木工を始めて3〜4年たった頃でした。木工作品のレパートリーを増やしたいと考え、木工旋盤という工具を買いました。木工旋盤は、旋盤という名のとおり木材を回転させながら専用の刃物で削り、丸みのある作品をつくっていきます。お盆とかお茶碗などの木工作品も、この木工旋盤を使ってつくったものです。通称、「木工ろくろ」。ウッドターニングと言う呼び名を持つこの工具は、木工屋さんには必需品だということです。
 

ゆびごま(ひねりごま)
 やぶちゃんの「ゆびごま」は、この木工ろくろでつくります。
 「ゆびこま」は、一般的には「ひねりごま」と呼ばれる独楽(こま)です。「ゆびごま」という呼び名は、やぶちゃんが勝手につけた名前です。指で回す独楽だから「ゆびごま」。「ひねりごま」より分かりやすいのではないかと思って命名したそうです。

 ゆびごまは、やぶちゃんの木工ろくろの練習テーマでもありました。梨の木をろくろで回しながら刃物を使って少しずつ削りあげるのですが、手作業での刃物さばきですので、当然一個ずつ微妙に形が異なってしまいます。なるべく同じ形のものをつくる練習が必要です。

 ゆびごま製作の一番の問題は、独楽の重さと独楽の中心の位置決めでした。最初は、5グラム程度の独楽から始めました。独楽の高さ、幅をいろいろと変えながら、指で軽くひねって“心地良く”回る重さと、中心の位置を探っていくのです。試行錯誤の結局、3.5グラムの小さな独楽に落ち着きましたが、この形を決めるまで半年余りもかかってしまったそうです。

   
木工ろくろ作業              ゆびごまの製作
 イベントなどでこのゆびこまを披露するのですが、子どもたちの遊ぶ姿を見ながら、おもしろい発見をしました。それは、独楽の回し方です。独楽の上部にあるポッチを親指と人差し指で持って、ひねって回します。この時、親指を身体より遠い方向に押し出しながらひねって回す(右手で回すと独楽は右回りとなります)子どもと、身体に近い方向に親指を引き込みながらひねって回す(右手で回すと独楽は左回りとなります)子どもがいます。
※ 以下、便宜上、前者を「押し出しひねり」、後者を「引き込みひねり」といいます。もし、正式な呼び方があるのでしたら、お許しください。

 もちろん独楽は、「押し出しひねり」の方が「引き込みひねり」より良く回ります。ゆびごまで遊ぶ子どもを見ていると全体の8割くらいが「押し出しひねり」ですが、2割は「引き込みひねり」をするのです。引き込みひねりをしている子どものおかあさんに、「子どもさんの指をよく見てて」というと、おかあさんはじっと観察した後、「あらら、こまの回し方が違うよ」と言って、子どもに回し方をアドバイスします。

 「引き込みひねり」は決して間違った回し方ではないと思いますが、これまで子どもさんがどうすればよく回るのだろうかと考えた経験が無かったのでしょう。独楽で遊ぶような時代ではなくなったからだと思います。

 私は小さい頃、お菓子のおまけに付いていたゆびごま(ひねりごま)を集めていたことがあります。プラスチックで出来ていて、いろいろな色の独楽がありました。お菓子はあまりほしくなくても独楽がほしいものだから、よく母にお菓子を買ってとおねだりした記憶があります。どれだけ長く独楽を回すのか競争をしたりしましたが、このような経験がなければ、独楽のひねり方も気にしないのかもしれません。ちなみに、子どもだけではなく大学生でも「引き込みひねり」をする人がいるそうです。

 小さくて可愛くて、安全に遊べるゆびごまは、結構よく売れる商品となりました。


お守り(けがナシ・事故ナシ・心配ナシ)

 やぶちゃんの木工ろくろ作品のもう一つの代表作が、ナシのお守りです。
 このお守りには、「けがナシ・事故ナシ・心配ナシ」というサブタイトルが付けられました。梨の木を使った梨の形の駄洒落お守りは、やぶちゃんの自信作でもありました。ところがその自信作をみて、三人に一人は「あ!リンゴだ」」というそうのだです。
確かに、リンゴだと言えばリンゴのように見えます。でもリンゴのお守りだと言ってしまえば、せっかく考えたサブタイトルがまったく無意味になります。

 やぶちゃんに聞いてみました。
 「リンゴの丸さと、梨の丸さは違うの?」
 やぶちゃん曰く、
 「リンゴはハート形、梨はまん丸」とのことでした。

 梨のお守りの微妙な丸さは刃物一本で仕上げるわけですから、中にはあまりまん丸とは言えないものもあります。しかし、私には梨としか見えません。
 改めて考えてみました。ふつうリンゴといえば白雪姫に出てくるリンゴを思い浮かびます。梨といえばほとんどが二十世紀梨を思い浮かべます。(鳥取県人だけかもしれませんが)
 しかしお守りの丸みを観察して、梨だリンゴだと決める人はそんなに多くはないと思うのです。たぶん、直感的に梨とかリンゴとかを思い浮かべているのではないでしょうか。どちらを思い浮かべるのかは、どれだけ身近に感じる果実であるか、ということでもあると思います。リンゴを思い浮かべる人は、梨よりもリンゴの方が身近に感じる果物だったのではないでしょうか。
 三人に一人がリンゴと思う訳ですから、三人に二人は梨(かもしれない)と思っているわけですので、まあ良しとしてはいかがでしょうか。
 材料は梨の木です。梨のお守りには間違いありません。

 木工ろくろは、木の魅力的な素材をきちんと引き出してくれると同時に、柔らかいラインをつくります。大量生産をするのであれば、それなりの道具を揃えて同じ形、同じ大きさのものをつくることができるのでしょうが、やぶちゃんのなしの木工房はすべて手作業です。
 刃物の当て方、力の入れ方はすべて勘によるものです。ですので、すべて同じものができるとは限りません。それはそれでおもしろいのですが、手作業の木工作品の限界がここにあることを知りました。

 木工ろくろ作品に限らず、なしの木工房はすべて手作業ですので、他の品物も同様に限界があります。例えば、あるお店から50個納入してくれと頼まれたとします。お店にしてみれば、当然おなじ品物を50個納入するものだと思われるでしょうが、そうはいきません。お客さんは、お店に並べられた品物の模様や形を見比べながら買い求めることとなります。形の良いものから売れるのかどうかわかりませんが、選ばれることは確かですし、気に入られなければいつまでも売れ残ってしまうことになります。

 ゆびごまやお守りは、まだよかったのですが、大失敗作品が一つありました。
 それは、メガネ置きです。
 机の上で作業をする時メガネをあちこちに不用意に置いてしまい、メガネを探すのがたいへんなことから、いっそのことメガネを置く小物をつくってしまおうというのが発想でした。これが以外とデザインもよく、お年寄りには受けるのではないかと一冬で300個ほどつくってしまいました。

 デザインもいくつか揃えてみました。メガネ置きに置くメガネは、やぶちゃんのメガネを使って形を仕上げました。どのデザインのメガネ置きでも、やぶちゃんのメガネがすっと納まります。
 そこで、イベント会場でこのメガネ置きを売ってみることとしました。
 お客さんの反応は上々です。もちろん、お客さんは自分がかけているメガネを置いてみます。ところが、お客さんのメガネがちゃんと納まるメガネ置きがなかなか見つからないのです。
 はっと気が付きました。メガネには様々な形のものがあります。同じ形のメガネでも、めがねやさんでは、その人の耳や鼻や顔の形に合うよう修正します。ということは、メガネの形は十人十色、メガネ置きも十人十色でなくてはならないのです。

 そうは言っても100個も持って行けば、一つや二つはきちんと納まるメガネ置きは見つかります。ところがある日、このメガネ置きを気に入ってくれたお客さんから、電話で「おじいさんにプレゼントにするから一つ送ってください。」という注文が入りました。
 「まずい」
 さすがに電話での注文は想定していませんでした。
 すっかり焦ってしまったやぶちゃんは、「どんな形のメガネですか?」「レンズの大きさは?」と尋ねるのですが、答える方は何の話やらさっぱりわからないでしょう。もちろん尋ねたやぶちゃんも満足する回答を頂くことができませんでした。
 やむを得ず、聞いたメガネの特徴をあれこれと頭に浮かべながらつくって送りました。
 お礼の電話はいただきましたが、本当にメガネがしっくりと納まったのかどうか、甚だ疑問でした。
 結局このメガネ置きは、なしの木工房の倉庫の片隅に納まっています。

 手作りの品物は、基本的には対面販売が一番です。
 微妙な形の違いだったり、一つずつ異なる木の模様や枝の素材など、お客さんのお気に入りを選んでいただくことが対面販売の魅力です。
 手作りですので、たくさんの量をまとめてつくっても、それをすべて販売するというのは限界があります。同じものを大量に製作し、まとめて販売しようとなると規格品をつくらなければなりません。しかし規格品を生産するラインをつくるほどなしの木工房は広くもありませんし、裕福でもありません。
 なにより、木工作品一つ一つに想いを込めるという本来の目的を忘れてしまっては何にもなりませんから。
 木工というのは、頑固で貧乏性でなければ出来ないのかも知れませんね。

 
くつべら置きになったメガネ置き

おやじのつぶやき 2012.2

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