熊さん
イラスト ののはら りこ

 幼い時だけ神童だったおやじは、金太郎や桃太郎の絵本を熟読し、物語のすべてを暗記していた。裏山で果実や山菜の講義をしてくれた祖父に「熊さんやお猿さんと遊びたいなぁ」と、習得した知識の実践をおねだりした。

 神童が悪童に変わり都会の生活にあこがれる青年となったおやじに、ふるさとの心を思い出させてくれたのは鮮やかな紅葉で彩られた山々と清流であった。

 子どもたちにも山のすばらしさを知ってほしいと、「山の仕事体験」と称して間伐作業や小さな沢に丸太の橋を架ける作業体験を行ったことがある。山に入る前に子どもたちの背中に熊よけの鈴を付け、皆で歌いながら歩こうと提案した。

 おやじ「熊さんが出てこないよう、大きな声で歌いましょう。ま〜さかり か〜ついだ き〜んたろおぉ〜♪はい!」
 子どもたち「そんな歌やだ〜。あ〜るぅ日 森のなか〜 熊さんに であぁった〜♪」
 背中の鈴の音と子どもたちの大合唱が森中に響き渡り、鳥たちさえも逃げてしまった。

 熊と人間との楽しいお付き合いは、残念ながら絵本や童謡の中だけだ。現実はお互いに顔を会わさないことが一番である。そのためにも彼らにとって住み心地のよい森が守られることを願いたい。

 先日、久しぶりに初秋の森を歩いた。紅葉にはまだはやいが、冷たくて酸素いっぱいの空気に身も心も洗練された。そして思わず口からこぼれた歌は、「ま〜さかり か〜ついだ き〜んたろおぉ〜♪」。神童の頃からどれだけ成長したのか疑問のおやじである。
 
日本海新聞 ECO STYLE Tottori 2011.10.30掲載

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