冬、荒天が続き始めると、漁師の仕事場は日本海からパチンコ屋へ変わる。残念ながら、漁と同じくそう簡単には儲けさせてはくれない。投資作業にも疲れた頃、おやじたちの間で怪メールが飛び交った。
県外から来たUおやじ
「鳥取に来た当時、鳥取の方言は判らなかった。特に漁師の言葉がまったく判らなかった。漁師の言葉は、鳥取の家族が話す言葉と違って独特なものがある。未だに判らない言語がある。」
新米漁師Kおやじ
「漁師の研修で一番苦しんだのが言葉の問題。未だに何回も聞き直す。聞き直すと大抵モガラレル(怒鳴られる)ので、だんだん聞き直しにくくなる。特に船での作業中や無線での会話になると、まったく別世界にいるようだ。漁師の日常会話や無線のやりとりを録音して、ヒアリングさせた方がいい。」
ベテラン漁師Eおやじ
「ハ、ハ、ハ(爆)ヒヤリングとは傑作。たぶん、私でも分からん言葉が多いだろう。」
地元の嫁をもらったFおやじ
「私もおっかあと結婚して賀露に初めてきたとき、モガラレルのには本当にびっくりした。義父がまだ元気で小型底引き漁をしていた頃、最初に義父につくるようにいわれたのがウエットスーツ。スクリューにロープがひっかかったら海に入って切らなければならないというのがその理由。何度かモガラレながらロープを切りに潜ったことがあるが、ナイロンロープは絡まって溶けるとプラスチックの固まりになり、タガネでたたかないと切ることができない。沖で絡まると、もう大変。仲間の船に引っ張ってもらわなければならない。そのためにも仲間の結束が強く、外から見れば閉鎖的なのだが、海で生きて行くには大事なことなのだと思った。」
地元のサラリーマンIおやじ
「ロープワークって、漁師の基礎技術だよね。」
県外から来たKおやじ
「小型船舶の免許を取った時に習ったロープの結わえ方は、今でも仕事で使っている。」
ベテラン漁師Eおやじ
「わたしゃ、3種類しか知らない。」
県外から来たUおやじ
「マナーの悪い漁師がいるなぁ。漁師なのに平気で海にゴミを捨てている。」
ベテラン漁師Eおやじ
「あるある! 啓発活動が必要。」
地元のサラリーマンIおやじ
「廃棄物問題とか、循環型社会構築とか・・・?」
地元の嫁をもらったFおやじ
「昔は何でも海に捨てていた。海からあがったものを海に帰すのが漁師にとっての循環型社会だ。貝殻やゴミ、時には廃船まで海に沈めていた。台風の時に古い船を海に放す風習があったとか。石川県沖で見つかって保安庁から捜索の問い合わせがあったという話も聞いたことがある。今だったら大変なこと。」
地元のサラリーマンIおやじ
「うーん。そういや鳥ケ島をつなぐ突堤の河川側にも、大量のゴミが流れ着いていたなぁ。特に犬、猫、豚の死骸が漂っていたのは眼に焼き付いている。ガスで腹がパンパンに膨れて。もちろん死骸をよけながら、平気で泳いでいたけれど。」
新米漁師Kおやじ
「漁業は、地元の大切な産業。地域づくりだってできる。」
地元のサラリーマンIおやじ
「そうそう。漁師が興す地域コミュニティビジネスなんてのもあるかも。」
ベテラン漁師Eおやじ
「市民交流の場としての荷揚げサポート隊、新規雇用事業の荷揚げサポート組合なんていうのはどう。なにしろ漁師も高齢化し、荷揚げがキツイ。家族で取組まなくても個人で漁業が出来るといい。」
県外から来たKおやじ
「遊漁船との共存とかは? ある意味漁師よりも遊漁船のほうが多いのだから。」
地元の嫁をもらったFおやじ
「漁師の料理教室。魚のさばきかたをいろいろと教える。これだと、OB漁師のじいさんが活躍できる。」
ベテラン漁師Eおやじ
「そうそう。小・中・高の家庭科の授業に『おしかけ料理教室』とか、公民館での『親子料理教室』とか。」
地元のサラリーマンIおやじ
「漁師の奥さんや家族のための漁師家庭学講座なんてのは?」
新米漁師Kおやじ
「大賛成。週に何日か親方の家にホームスティみたいな感じもいい。海上や港だけの生活ではなく、陸での暮らしぶりも含めて勉強できればベスト。」
ベテラン漁師Eおやじ
「普段でも交流をするべきだ。飯が無理でもコーヒーぐらい家に上がりこんでオヨバレする。その時生活ぶりや考え方をチェックするというふうに。」
「それから、これからの漁師は地域の中に埋もれてはだめ。国際社会に生きる漁師でなければ。英語、ハングル語で漁業関連・日常会話のレッスンとか。逆に県外の人たちに、鳥取弁、賀露弁を教えたりする。」
この怪メールの結果出来たのが、「漁師五箇条のご誓文」。
そしてご誓文は、その後漁師の学校構想へと発展した。閉じこめられた漁師の世界を、少しでも外へ広げることができたらと。もちろん、現実との大きなギャップは皆知っている。これもおやじたちのささやかなつぶやきであった。
漁師五箇条のご誓文
第1条 漁師はサイエンティストでなければならない
漁師は、海に乗り込むために気象や海流を知らなければならない。
漁師は、魚の生態を知り、魚を守り、育てることも知らなければならない。
漁師は、海を守るために廃棄物処理やリサイクルのことを知り、地球温暖化問題も考えなければならない。
第2条 漁師はアーティストでなければならない
漁師は、自然のすばらしさを皆に伝え、自然を守ることを呼びかけなければならない。
船に乗り込めば海の美しさ、自然のたくましさ、きびしさ、やさしさを知ることができる。
海に出て開放感を感じれば、人恋しさを味わうこともできる。人工物の中であくせく働く人間が忘れてしまった、自然と人間のすばらしい関係を知ることができる。
第3条 漁師はビジネスマンでなければならない
漁師は、自然の価値、環境の価値をネタに、地域の活性化に繋がる産業を興すことを考えなければならない。
漁師は、ただ魚をとってくるだけではいけない。漁師は、自然の恵みの価値をいちばんよく知っている。これは、ビジネスに必要な「ものの価値」というものをちゃんと評価できる能力があるということに他ならない。
第4条 漁師は地域づくりのコーディネーターでなければならない
漁師は、地域住民が誇りをもてる地域をつくっていかなければならない。
漁師は、地域で文化をつくり育ててきた。観光など地場産業にも貢献してきた。もし賀露に漁師がいなくなれば、賀露は漁港という大切なシンボルを失うこととなる。
第5条 漁師はフィッシャーファイターでなければならない
漁師は、漁業のすばらしさを知り、漁師の誇りと技量を備えた活動的な漁師でなければならない。
昔ながらの漁師は、伝統芸能であってよい。しかしこれからの漁師は、社会をリードするために戦う能力を備えた優れた戦士となるべきである。
新米漁師Kおやじのブログには、「漁師三箇条のご誓文」として紹介されている。私のメモには「六箇条のご誓文」というのもある。結論は、「最終結論はなかった」ということでお許しを頂きたい。
【追記】
漁師の学校構想は、中学を卒業して漁師になりたいという夢をもった子どもを、なんとかサポートできないだろうかと考え始めたのがきっかけである。しかし賀露では、漁師の勉強をさせてくれる受け皿がなかなか見つからなかった。またおやじたちは、「中学を卒業したばかりの現代の子どもが、閉鎖的な漁師の世界に飛び込んで本当に大丈夫だろうか」と心配していた。
結局、他地区の漁港で受け皿になってくれる漁師が見つかり、めでたく漁師への一歩を踏み出すこととなった。新米漁師Kおやじの後輩は、その後も現れていない。
もちろん、漁師の学校も開講されずに閉講となった。
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