怪談のこと

 怪談・太作の魚

 太作はたいへん腕のいい漁師でした。いつもたくさんの魚をとるので、とても裕福な暮らしをしていました。太作が住んでいる村の外れに、夫婦が住んでいました。妻は色白で、ほっそりとした評判の美人です。夫の与平も漁師をしていました。でも、魚をとるのはあまり上手ではありません。家に持って帰る魚はいつも二匹だけでした。太作は何度か与平に魚を分けてあげようとしましたが、夫婦が受け取ることはありませんでした。
 その日の海は、たいへんな時化でした。舟を出すことができず海を眺めていた太作は、与平の姿を見つけました。手には二匹の魚を持っています。
「こんな大荒れの海で、よく魚がとれたものだ」

 翌日は穏やかな海でした。太作が漁の準備をしていると、与平も海に舟を出そうとしています。太作は与平がなぜ荒海の中で漁ができたのか、不思議でたまりません。そこで与平がどうやって魚をとっているのか見てやろうと思い、与平の後をつけることにしました。
 岬を回った辺りで、与平の舟を見失ってしまいました。あちこち探してようやく小さな岩陰に舟を見つけましたが、与平の姿はありません。海に潜ったのかと思い、水面に顔を近づけ、海の底を探しましたが見つかりません。もしかしたら、潮に流されてしまったのかもしれません。一旦村へ帰って助けを呼ぼうと考えて立ち上がると、遠くに舟に乗った与平の姿が見えました。手には二匹の魚を持っています。
「いつ舟に戻ったのだろう」

 次の日、太作はもう一度与平の後をつけることにしました。昨日と同じく岬を回ると、与平のいない舟が浮かんでいました。与平を探そうと海に飛び込んだところ、そこには驚くべき景色が広がっていました。今まで見たこともない、ものすごい数の魚が泳いでいるのです。
 与平のことはすっかり忘れ、急いで舟に戻って網を入れました。たくさんの魚が網に入りました。しかし、とても重くて舟に引き上げることができません。それどころかどんどん引っぱられます。懸命に網を上げようとしましたが、ついに網と一緒に海に引きずり込まれてしまいました。網が太作の足にからまり、抜け出すことができません。息が出来ず、意識が遠のく中で、太作は与平の妻の声を聞きました。
「魚は二匹だけでいいですからね。それ以上は要りませんから」

 気がつくと舟の中にいました。側で魚が二匹跳ねています。与平の舟は見あたりません。朦朧としながらようやく浜に辿り着きましたが、自分がどこに帰ろうとしているのか分かりません。足は与平の家へ向かっています。軒先で、与平の妻が微笑みながら出迎えていました。
「お帰りなさい、与平さん。今日も二匹ですね」
“私は太作だ”と言おうとしましたが、声が出ません。魚を受けとる妻の細い腕は、しっとりと濡れていました。襟元には、薄く透きとおった魚の鱗のような紋様が覗いています。妻は、笑いながら言いました。
「与平さん、あの人のようにたくさんの魚をとってしまうと、私の大切な仲間がいなくなってしまいますから。私たちは、毎日二匹の魚があれば暮らしていけます。私の海を守ってくれるのは、与平さん、あなただけですね」
 妻の笑顔に引き込まれていく自分がいったい誰なのか、分からなくなってしまいました。その時、遠くで村人の声が聞こえました。
「おーい、太作の死体が浜にあがったぞ」

 それからは、与平のように毎日二匹ずつ魚を持って帰りました。

                     書いた日 2014.05.17
                         一部修正 2014.10.28

 怪談のこと

 「おやじのつぶやき」を書きはじめてからというもの、モノを書く楽しみを知ったように思います。勢いで本もつくってみました。結果、在庫の山となりました。でも、たいへん勉強になりました。勢いの勢いで、小説も書いてみました。長編、中編、短編小説です。楽しくて一気に書き上げ、ついでにあれやこれやの募集企画に応募してみました。結果、見事に次々と落選です。文学には縁のない人生を送ってきた人間ですので、まあ、もっともだと納得したわけです。
 暫くして、落選作を読み直してみました。なんとまあひどい文章、つまらない話の展開、つじつま合わず・・・。恥ずかしさと情けなさで、すっかり落ち込んでしまいました。
 なぜこんなにひどいモノを書いたのだろうと考えてみたところ、原因を思いつきました。私は、モノを書く時はいつも片手に酒をもっています。酒を飲みながらモノを書くのが、最高の楽しみと感じていたわけです。その結果、酒に浸かった妄想を我が儘に書き殴っただけだったのだと。そうであればちゃんと読み直せばいいのですが、いや読み直したのですが、その時もしっかり酩酊していました。
 反省しきりで、もうモノを書くのを辞めようと思っていた時、「新作怪談」の募集が目に留まりました。怪談は好きです。怪談に隠された人間味といいましょうか、ほんわりとした謎の生き物絵図みたいなものを感じる楽しさがあります。
 今度は酒抜きで書き始めました。酩酊しなくても、モノを書くのはやはり楽しいことです。そして酩酊しなくてもひどい文章、つまらない話の展開、つじつま合わず、ということを知りました。結果は、当然落選です。しかし、これまでにも増してモノを書く楽しさを知ったように思います。
 私のモットーは、「でしゃばらず、他人を批判せず、控えめな主張で世に訴える(つもりの)・・・」でしたが、今回新たに「恥を楽しむ」を追加してみてはと考えました。
「でしゃばらず、他人を批判せず、控えめな主張で、恥を楽しみながら世に訴える(つもりの)・・・」にしましょう。これまで書いてきた数々の駄文に、さらに恥を上乗せしてもっともっと私の楽しみを増やそうと思います。恥をよしとするわけですので、酩酊しながら書くことが許されますし、ひどい文章、つまらない話の展開、つじつま合わずも許されるはずです。
 開き直るきっかけとなった怪談は、私には愉快談であり、ほんわりとした快感談となりました。どこかの幽霊が、背中を押してくれたのかもしれません。
つぶやいた日 2014.10.28

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