礼 装


勤め人を辞めた時、持っていたスーツのほとんどを捨てた。以後、ネクタイは黒と白しか着けていない。最近は黒ばかりであったが、一年の締めくくりに白ネクタイを着けることになった。しかし礼服はよれよれで、いつ買ったのかも覚えていない。せっかくだから新調しようと一大決心をして、洋服店へ足を運んだ。

そもそも私は、ファッションにはまったく興味がない。シャツやズボン、下着に至るまで、ボロ雑巾と化しても着続けている。だがスーツに、生地や着心地の良し悪しがあることくらいは知っている。値段と過去の礼装体験をお店にお伝えすれば、礼服選びは直ぐに終わるはずだった。

ところが私の要望を聞いた店員さんの顔は、なんとなく不機嫌。「お望みの礼服は略礼服といいますが、それでも最低限のマナーはあります」 ネクタイにベルト、靴に靴下と、10回くらいのダメ出しをいただき、礼装マナー違反の常習者だったことを知った。

店員さんの講義が正しかったことは、華燭の典で確認した。礼装に込められた敬意は、口下手なおやじの背筋を伸ばす。他人様の忠告はきちんと聞くものだということを改めて知り、若い二人の幸せとご両家の発展を願いながら、お目出度い年末の一時を楽しんだのである。


 日本海新聞 2016.12.23掲載


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